為末大さんは、陸上スプリント種目の世界大会で、日本人として初のメダルを獲得しました。彼は、現在、新世代のリーダーとして、経営のトップを目指して全力疾走をしています。今回は、かつての侍ハードラー為末大さんの、ビジネスマンとしての考え方や仕事等についてお教えします。

もくじ

  • アスリートとしての為末大さん
  • 小学校時代にはすでに探究心旺盛
  • ビジネスマンとしての考え方
  • ビジネスマンとしての為末大さん
  • 経営のリーダーを目指す為末大さん

アスリートとしての為末大さん

為末大さんは、2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京と3大会連続五輪出場を果たしました。そして、2001年のエドモントン世界選手権、2005年のヘルシンキ世界選手権の400mハードルで日本人として始めて銅メダルを獲得しました。男子400mハードルの日本記録保持者でもあり、2012年に現役を引退しています。

大学時代~社会人時代を通して専任コーチを付けずに、自分が自分のコーチをやる方式でやってきました。選手とコーチという師弟関係には馴染めず、自分の感情の赴くまま陸上を表現していく考え方でした。様々な走法の技術面やメンタル面を、自分の体で試しながら、次々と好記録を生み出していきました。

しかし、彼は陸上界という組織の中では浮いている存在でした。それが、“侍ハードラー”と呼ばれていた所以です。本人は”みにくいアヒルの子”と言っていますが、汗水たらして栄光の階段を駆け上がっていくのではなく、同じつきつめるのでも研究心旺盛な職人タイプの選手でした。

2004年からアジアパートナシップファンド(APF)に所属しプロ陸上選手となりました。それから2012年に現役引退するまで、APFの取締役を務めたり、東京ストリート陸上をプロデュースしたり、全国で陸上イベントを開催したりしていました。

小学校時代にはすでに探究心旺盛

幼い頃の為末大さんは、知らないことを調べるのが好きな好奇心旺盛な子どもでした。小学校時代にすでに、経済にも関心を持っていました。当時、スーパーファミコンが流行っていて、安いファミコンソフトを買ってきて、それを買った値段よりも高く買い取ってくれる店を探したりしていました。

また、中学生の頃は、ジュニア世界大会記録を分析して、優勝者がオリンピック大会に行った確率を調べたりしていました。授業中にはこっそりと人体解剖図をながめていました。筋肉の効果的な使い方やどの筋肉を強化すれば、しっかりと地面を踏むことができるか、そんなことばかりを考えていました。ジュニア時代から、化学的、客観的なアプローチを模索するのが好きだったようです。

ビジネスマンとしての考え方

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現在はスポーツコメンテーター、タレント、指導者として活動しながら、“株式会社侍”を経営しています。2012年にアスリート引退後、セカンドライフをどのようにして生き残っていくのかが、最大のテーマだったようです。

彼の考え方の基本には、著書にもなっている「諦める力」にあります。大学時代は、走るか、マージャンか、パチンコのどれかでした。パチンコを通じ、玉が出ないとき、もうちょっとやればという気分になるが、そこをグッと堪えることの大切さを知ったと書いてあります。

あることを一定時間楽しんだら、2時間別のことをすると決めました。すると、それまで熱くなっていた気持ちが、一気に落ち着いてくる。クールダウン効果があります。一つのことにこだわりすぎると、そこから離れられなくなります。心を開放するには、距離や時間を空けることが重要と学んだそうです。

やりたいことと、できることは、ちがうということです。本当は他の才能があるかもしれないのに、やりたいことにフォーカスしすぎて、時間をロスしている人も少なくない。一度、クールダウンをして見て、無理であれば諦める勇気が必要であると彼は考えています。

「負けても諦めず、もう一度勝負に挑む人が多い。でも、違うカテゴリーで勝負を挑むという手もあります」と言っています。
それが、彼の会社経営にも現れています。決して1つの事業にこだわることなく、未来を予測しながら、いろいろな事業にチャレンジして行こうとしています。

ビジネスマンとしての為末大さん

1.宿泊施設事業

株式会社侍において、3つの事業を行っています。その内の一つが宿泊施設事業です。地方地域で使われていない廃校や宿泊施設、また稼働率の低い運動施設を活用し、それらを組み合わせることで、スポーツ合宿を対象にした宿泊施設を経営しています。

実際に、箱根の旧仙石原中学校の校舎やグラウンドを運動のできる宿泊施設として転用しています。日本では今後2,000校ぐらいの廃校が出ると予想されています。為末は少子高齢化によって起こる社会の変化にこそ、ビシネスのチャンスがあると見ているのです。

2.為末大学

為末大学購買部HPより引用

二つ目の事業は、アスリートのセカンドキャリア支援に関する事業です。そのセカンドキャリア支援のために“為末大学”を展開しています。一流選手の多くは、現役時代に付き合うのはスポーツ関係者が大半です。30歳近くで引退し、いきなり社会に放り出されても、企業は引退した選手には見向きもしません。こうした引退選手の選択肢の一つが、スポーツクラブの指導者への道です。為末大学では、いかに人を集め、より多くの働く場所を確保するなど、引退選手の後ろ側で支える活動を行っています。「頂上を極める道は1本だけじゃない」が彼のセカンドキャリア支援の考えです。

3.義足の開発と制作

為末大さんはパラリンピックにも注力しています。それは、選手の強化や義足の政策などを通じてパラリンピックに関わっていきたいと強く思っているからです。パラリンピックを注視することで、高齢化社会に向けた解決の糸口も探っています。

障害者スポーツの世界では、障害の種類が多いことから、競技者も多く、コーチが圧倒的に不足しています。少ないコーチで運営するためには、もっと競技数の精選が必要です。為末大さんは、2020年の東京パラリンピックを見据えて、義足の開発と制作だけでなく、大会の運営や選手の強化にも関わっていこうとしています。

経営のリーダーを目指す為末大さん

為末大・侍オフィシャルサイトより引用

為末大さんは、会社経営の他にも、ブータン五輪委員会のスポーツ親善大使や、新国立競技場整備計画検証委員会委員という役割も引き受けています。しかし、基本的な姿勢はすでに説明したように、株式会社侍の事業をしっかりと回していくことが最大の目標とのことです。

為末大さんは、“起業家”“マネージャー”“職人”の3つの顔を持ち合わせています。起業家とは、ささいなことにも大きなチャンスを見つける才能を持った人です。マネージャーは管理が得意な実務家です。そして、職人は自分の手で動かすことが大好きな人間です。為末大さんはこの3つのバランスを上手にとりながら、今後も驚くような能力を発揮していくだろうと思います。

為末大さんは言っています。「今、多くの人との出会いから情報を集め、勝負の土俵を探っている状況です。金メダルへの挑戦は終わりましたが、世界一への挑戦はまだ終わっていません。これからまた、新しい挑戦を始めます」と。

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ライター

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ランナーさん
市民ランナーとして数々のレースに出場しています。スポーツ/健康/教育/子育て
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